富岡で、母になる。② ~「あららら〜」と娘に会った日~ – とみおかくらし情報館

富岡で、母になる。② ~「あららら〜」と娘に会った日~

この記事を書いたライター

2026年5月中旬。
ついに出産の日を迎えました。
妊娠が分かってから約8か月。
長かったような、あっという間だったような、不思議な気持ちです。
臨月に入ってからの私はというと、基本的には家にこもっていました。
妊娠糖尿病になっていたこともあり、食事にはかなり気を使っていました。
「とにかく野菜を食べなければ」
そんな気持ちで、楢葉町の楢葉プラントファクトリーの規格外トマトを買ってトマトサラダにしたり、ハヤシライスにしたり。大熊町のFUN EAT MAKERSの訳ありトマトをおやつ代わりに食べたり。
今振り返ると、人生で一番トマトを食べていた時期かもしれません。
パンも血糖値あがるからGOCHIPANのプレーンなパンをちょびちょびと食べたり。
冷蔵庫にはトマト、もずく、豆腐、納豆を常備。
外食もほとんどせず、食事管理の日々。だけども上がる血糖値。
でも、それが苦しかったというよりは、「あと少しだから頑張ろう」という気持ちの方が強かった気がします。
出産そのものについては、意外と楽観的でした。
「なんとかなるやろ」
そんな感じです。

一方で、ずっと不安だったこともありました。
それは、
病院に行くタイミングです。
陣痛ってどんな感じ?
どのタイミングで病院に電話するの?
移動中に産まれたりしない?
そもそも富岡から病院まで1時間くらいかかるけど大丈夫?
出産そのものより、病院にたどり着くまでのイメージが全くできませんでした。
ちなみに、この頃の私の最大の楽しみは朝ドラでした。
妊娠が分かった頃から毎朝見続け、気付けば臨月。
もはや戦友です。
思い出が詰まりすぎて、後日DVDボックスまで買いました。

ついに来た、おしるし

出産前日の朝。
富岡の自宅で過ごしていると、おしるしがありました。
「お、ちゃんとおしるし来るんだな」
というのが最初の感想です。
夫も一緒にいました。
知識として知っていたけれど、本当にあるんだなぁと妙に感心したのを覚えています。
その後、前駆陣痛と呼ばれる腹痛が始まりました。
最初は不定期。
でも夜になるにつれて、だんだん規則的になってきます。
そして翌朝。
陣痛が10分間隔で1時間ほど続いたので、朝5時に病院へ電話しました。
すると、
「富岡ですよね?しっかり10分を切るようになったら、また連絡してください」
とのこと。
なるほど。
まだ待機らしい。
そこからさらに痛みに耐え、朝7時頃に再び電話。
今度は、
「病院へ来てください」
と言われました。
よし。
いよいよです。

陣痛中の1時間ドライブは地獄

入院バッグを持って、いわき市医療センターへ向かいました。
富岡から病院までは、およそ車で1時間。
この移動時間が一番つらかったです。
本当に。
陣痛そのものも痛いのですが、車の振動が追い打ちをかけてくる。
揺れるたびに、
「うぉぉぉ……」
となる。
意識が飛ぶかと思いました。
もしこれから富岡周辺で出産を迎える方がこの記事を読んでいるなら、一つだけお伝えしたい。
陣痛中の車移動1時間は地獄です。
でも、ちゃんと着きます。
私も着きました。
なんとかなります。

病院に着いたら、思ったより進んでいた

病院に到着したのは朝9時頃。
診察してもらうと、
「結構進んでますね」
とのこと。
どうやら私はかなり痛みを我慢していたらしく、思った以上に子宮口が開いていたようです。
そこからはあれよあれよという間でした。
出産というと、苦しくて大変で壮絶で、というイメージが強いかもしれません。
もちろん痛かったです。
でも私にとって一番印象に残っているのは、その先でした。

「終わったーーーー!きもちーーーー!!」

午後1時。
娘が生まれました。
その瞬間の感想は、
感動で涙があふれた、
ではありません。
「終わったーーーー!」
そして、
「きもちーーーー!!」
でした。
とにかく、赤ちゃんが出てきた瞬間が気持ちよかったんです。
今まで感じたことのない解放感でした。
だから私は、自分の出産を振り返ると、
「気持ちの良いお産だったな」
と思っています。
そして、その直後。
娘を見て私の口から出た第一声は、
「あらららら〜」
でした。

米粒だったのに、人間になっていた

娘を初めて見た時、
まず思ったのは、
「かわいい」
でした。
そしてもう一つ。
「こんな立派な人間がお腹に入っていたの?」
という驚きです。
妊娠が分かった頃、エコーに映る姿は本当に小さかった。
米粒みたいだった。
そこから少しずつ大きくなる様子を見てきたはずなのに、目の前にはちゃんと人間の形をした赤ちゃんがいる。
手もある。
足もある。
顔もある。
当たり前なんだけど、不思議でした。
だから思わず、
「あらららら〜」
だったのだと思います。
なんだか親戚のおばちゃんみたいな反応ですが、その時はまだ「自分の子どもだ!」という実感よりも、「人間だ!」という驚きの方が大きかった気がします。
ちなみに夫はというと、とにかく安堵していました。
母子ともに無事だったこと。
それが何よりだったようです。


入院中は寝不足。でもご飯が出てくる。

出産後の入院生活で覚えていること。
それは、
とにかく眠い。
です。
新生児の授乳は3時間おき。
昼も夜も関係ありません。
当然、まとまって眠れません。
でも、ご飯が出てくる。
これがありがたい。
今なら分かります。
食事が自動で出てくるって最高です。
当時は睡眠不足でぼんやりしながらも、毎食しっかり食べていました。

退院後に待っていた現実

娘は黄疸のため、少し入院が延びました。
そのため私は退院後も毎日、いわき市医療センターへ通うことになります。
片道1時間。
往復2時間。
授乳と面会のためです。
出産直後の身体での往復2時間は、なかなかのハードモードでした。
それでも娘に会いたいから通うしかない。
母になったんだなぁ、と実感した瞬間だったかもしれません。
産後は、県外に住む実母と弟が富岡まで来てくれました。
飛行機なら早いけれど、いつ生まれてくるのか分からないし直前購入だと高額。
特急と新幹線を乗り継ぎ、約10時間かけて来てくれました。
本当にありがたい。
実母と夫が家事全般を担ってくれたおかげで、私は娘のお世話に集中することができました。
それでも睡眠不足は容赦なくやってきます。
常に眠い。
頭がオーバーヒートしそう。
新生児育児ってこんな感じなのか、と驚きました。

富岡で出産して感じたこと

出産して改めて感じたのは、産婦人科が遠いことです。
これはやはり大きな課題だと思います。
妊婦健診での移動は夫とのドライブデートになりうるけど、陣痛中の移動は地獄でした。
一方で、退院後の生活については思ったほど不便を感じませんでした。
オムツやおしりふきは富岡町内で購入できます。
急に必要になったものも、Amazonで注文すれば翌日には届く。
産後しばらくは基本的に家で過ごしていたので、日常生活で困ることはあまりありませんでした。

娘が生まれて見えた景色

娘が生まれてから、富岡を見る目が少し変わりました。
子育て支援は思っていた以上に充実している。
そしてもう一つ。
富岡町民を一人増やしたぞ、という誇らしさ。
もちろん、これから大変なことはたくさんあると思います。
どんな壁にぶつかるのかも分かりません。
でも今は、
「どうやって乗り越えていくんだろう」
というワクワクの方が少し大きいです。
ここにないものはない。
だから工夫する。
助けてもらう。
知恵を出し合う。
そんな子育てが、この町には案外合っているのかもしれません。
富岡での新しい生活は、娘と一緒に始まったばかりです。

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