焼きたてごちそうパン GOCHIPAN – とみおかくらし情報館
富岡町には、人が人を気にかける温度があります。弱さや不安を抱えていても、受け止めてくれる空気があります。

焼きたてごちそうパン GOCHIPAN

株式会社PanDKLab.
代表取締役 鈴木 燦玉さん
https://www.instagram.com/gochipan_tomioka/?igsh=MTNvdWFwdHZyeDI2#

自分の手で何かをつくり、それを直接誰かに渡したい

私はもともと、IT企業で10年以上働いていました。アプリをつくったり、サービスを形にしたり、どちらかといえばクリエイティブな分野ではあったのですが、仕事の中心はマネジメントでした。チームをまとめ、進行を管理し、成果を出していくことにやりがいは確かにありましたが、年数を重ねるにつれて、少しずつ違和感も大きくなっていきました。自分の手で何かをつくり、それを直接誰かに渡したいという気持ちが、ずっと心の中に残っていました。つくったものをお客さんに届けて、喜んでもらえる。その瞬間を、もっと実感したかったんです。

実はパンづくりは、20代の頃から続けていた趣味でした。働きながら学校に通い、ライセンスを取得するほど夢中になっていました。先生になれる一歩手前の技術試験まで進みましたが、教える立場になることよりも、自分でつくり続けたいという気持ちの方が強かったですね。いろいろな趣味を持ってきましたが、パンだけは不思議とやめられなかったんです。気づけば、パン屋になりたいという思いは、単なる憧れではなく、自分の人生をかけて向き合いたい仕事になっていました。

とはいえ、私はパン職人としてのキャリアを積んできたわけではありません。だからこそ、遠回りはできないと思いました。東京のパン屋で修行を始め、IT企業の仕事と掛け持ちしながら、4店舗を同時に回りました。仕込み、成形、焼成、販売、夜勤と、店舗ごとに違う役割を担い、最短距離でパン屋のすべてを経験するためです。東京のパン屋は、本当に過酷でした。1日1000個以上を焼き続ける現場や、窓のない地下の工房、手が早送りのように動き続ける時間が、8時間、10時間と続くんです。あれは修行というより、生き残るための戦いだったと思います。でも、その環境があったからこそ、「自分がどれくらいまでできるのか」「どんな働き方をしたいのか」がはっきりしました。

会いに行くパン屋

私は大阪出身で、夫が福島県出身です。東京は競合が多すぎると感じていました。半人前の自分が、いきなり勝負できる場所ではないなと。それなら、ゆっくりと地域の人と関係を築きながら、少しずつ腕を磨いていける場所がいい。大都会ではない場所で、パンを通じて人とつながりたいと思いました。さらに「パン屋がない地域」「本当にパン屋を求めてくれる町」を探していく中で、富岡町にたどり着きました。補助金や開業支援の制度、とみおかプラスさんとの出会い、お試し住宅の存在など、さまざまな条件が重なり、最終的にここしかないと思えたんです。

最初は、固定店舗を構えるつもりでした。でも、何度も富岡町に足を運ぶうちに考えが変わりました。この町で、ただお客さんを待つ形は、私のスタートとしては受け身すぎるのではないかと思ったんです。どうやって知ってもらうのか、どうやって関係をつくるのか、その答えが「移動販売」でした。働いている人をターゲットにしていた私にとって、パンが焼きあがるのは朝です。それなら、こちらから会いに行った方が早いなと。役場、企業、支援センター、観光協会。人が集まる場所へ自分が動く。その方が、町の人と早く顔なじみになれると思いました。「会いに行くパン屋」、それが私なりの、富岡町との関わり方でした。

実際に移動販売を始めてみると、想像以上のことが起こりました。富岡の人たちはとにかく明るくて、フレンドリーです。初対面でも「おいしい!」「すごい!」と声に出してくれるんです。パンを前にすると、心の声がそのまま出てくるような感じで、こちらも自然と笑顔になります。インスタを見て「今日はどこ?」と追いかけてきてくれる人もいます。「さっき行ったらもういなかったから、次の場所まで来ちゃった」と言われたときは、本当に驚きましたし、嬉しかったです。毎回「ここに来れば会える」「今日はパンの日だね」と言ってもらえて、「パンの日」という言葉が生まれたこと自体が、私には宝物のようでした。パンは、生活必需品ではありません。スーパーでもっと安く買えるものもあります。でも、だからこそ少しの贅沢だったり、ちょっとした楽しみとして存在できると思うんです。今日はどんなパンがあるかな、とワクワクして外に出る。それが一つの「お出かけ」になる。そんな時間をつくれたらいいなと思っています。私が人と人をつないでいるとまでは言えません。でも、ちょっとした心の余白や、生活の中の小さな楽しみにはなれているのかなと思います。

富岡は特に感情をそのまま表現してくれる

富岡町のもう一つの魅力は、人が人を支える空気です。お客さんが、新しいお客さんにパンの説明をしてくれることもあります。「これはフランスパンでね」「このパンはこういう味だよ」と私以上に説明してくれるんです。私はレジに立っているだけなのに、常連さんが店員さんのように振る舞ってくれる光景を見ると、ワクワクしますね。「富岡でちゃんと売れてるの?」「余ってない?」「今日は完売?よかったね」そんなふうに心配してくれて、

この町で続いてほしいと思ってくれている気持ちが伝わってきます。私は大阪出身なので、明るくて、距離が近い人たちの気質がとても性に合っています。他の町もそれぞれに良さがありますが、富岡は特に感情をそのまま表現してくれるんです。だから違和感なく溶け込めたのだと思います。

今日はパンの日だよ

一人でパン屋をやっていますが、孤独はまったく感じません。販売しているだけで、たくさんの知り合いと話しているような感覚になります。「ここにして良かったね」と、夫ともよく話します。移動販売は、体力的にも時間的にも限界があります。一人で焼けるパンの数、滞在できる時間、移動距離、すべてに制限があります。それでも、「動く」こと自体が、人を動かし、町にリズムをつくっていると感じます。「今日はパンの日だから」その一言が、暮らしの中に小さな楽しみを生んでいるなら、それだけで十分だと思っています。移住や子育てを考えている方にとって、食や日常の買い物は、暮らしの安心感そのものだと思います。富岡町には、人が人を気にかける温度があります。弱さや不安を抱えていても、それでいいんだよと受け止めてくれる空気があります。パンをきっかけに誰かと話をして、「また来るね」と言ってもらえる。そのやり取りが続いていくことが、今の私にとってはいちばん大事なことかもしれません。「今日はパンの日だよ」と言ってもらえるたびに、ああ、ここで始めてよかったなと思います。

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