REPORT&MESSAGE

あなたへ、地元のみんなから

株式会社宮田運輸 建野 成恒さん

地域の未来をみんなでつくっていくために

2022年8月に、富岡産業団地に事業所を移転した『宮田運輸』さん。今回は支援部 企画開発室 室長の建野成恒(たての なりつね)さんにお話をうかがいました。役場でも地元の人たちの間でも「建野さん」というお名前をよく聞くほど、富岡町にとって大きな存在となっている方です。お話をお聞きすればするほど、町への、そして未来への素敵な思いを感じました。

ご縁をいただいたこの地域の役に立ちたい

宮田運輸トラック

—宮田運輸さんの本社は大阪府。他の事業所も西の方が中心ですが、富岡町に事業所を構えた理由をお教えください。

建野さん:地元の会社さんから、除染作業した後に出る汚染土壌を中間貯蔵施設に運ぶ車両が足りないから、こっちに来て手伝ってくれへんか? と言われて。「困ってはるんやったらやります」ということで、2019年7月に事務所を間借りして、輸送を始めたのがきっかけです。ダンプ5台からのスタートでした。

半年ほど経って、役場の方が会いに来られたんですね。「この地域は輸送インフラが弱いので、富岡産業団地で輸送事業をして欲しい」と。一般家庭への宅配便レベルなら問題ないのだけど、それより大きなものを運ぶことができなかったんですよ。このままじゃ地域が発展していかないって、すごく情熱をもって話してくれてね。ちょうどその翌日に、うちの社長と専務が富岡に来る予定があって。「町からこんな話があったけど、どうする?」って相談したら、10分もしないうちに社長が「よっしゃ! やろう!」って(笑)。

—即断即決ですね!

建野さん:社長ならやるって言うと思ってたし、そうすべきだと僕も思ってたけど、会社って全員でアクセルを踏むと危ないから。だから僕はブレーキ役というか「この地域では仕事ないかもよ。経営的には厳しいんじゃないの?」みたいなことを言ってみたんだけど(笑)。そしたら専務が「いや、仕事はなんとでもなる。いろんな人との繋がりの方が大切なんや。だから大丈夫や! 心配すんな!」みたいなことを言うんです。僕も確信を得た気持ちになって、輸送事業を開始することを決定したわけです。2023年7月には産業団地内に倉庫を完成させる予定。

宮田運輸倉庫

—なんとスピーディーな。そこまで富岡のために動いてくださる思いを教えてください。

建野さん:“商売や事業経営は、みんなのためにやるべき” “僕らの仕事は、事業を通して今の社会も未来の社会も良くすること”。そういう考えが宮田運輸の根幹にあるんです。

この地域では「今日を生きたかった多くの生命が失われましたよね。しかし僕たちには生命がある。だったらその生命を活かそう。活かし合おう」って社長が言うんです。本当にその通りでね、自分の生命を活かして、互いに活かし合ってこの町を良くしていく。未来に生きる子どもたちに素敵な町を繋いで行こう!ということなんですよね。

だから、復興事業に携わるということでこっちに来たけれども、それが終わったら大阪に帰るんじゃなくて、最初からここに居続けるという決断をして、僕らは富岡に来たんです。たくさんの人たちと触れ合って、こっちへ来てくれへんかと言われて今がある。そういう人たちの思いに導かれてるよね。この地域の人たちの心に触れる中で、自分の心が変わっていくというか、高まっていくみたいな幸せな感覚がありますね。

運送業だけにとどまらない!町内にモールを作る!

宮田運輸モール

—現在は倉庫を建設中とのことですが、ほかにも富岡町で進めている事業などありますか?

建野さん:運送事業以外にも、町の発展のためにできることがあるのなら積極的に取り組みたいとの思いから、今、富岡町にモールを作るというプロジェクトが進行中。『ヴィマイル モール』っていう名称にしようと思ってるんですよ。“ビバ+スマイル”というふたつの言葉を合わせた造語なんだけど。「ビバ」ってみんなが歓喜できる場所、そしてみんなが「スマイル」でいられる場所を作る。飲食店をはじめイベントスペースや、子どもたちが遊べる場所がひとつになって、たくさんの人たちが集うイメージ。地元の人たちも、町外から遊びに来た人も、みんなが笑顔になって欲しいよね。

この地元の農業を復活させようと頑張っている人たちがいるんだけど、作った野菜をスーパーに置いてもらうのって、いろんな事情があってものすごく大変なんですよ。せっかく作った地元産の野菜が販売できない。それってものすごくもったいないし、田舎の醍醐味やもんね。農家さんも地元の方が食されているのを見れば嬉しいし、活力にもなるでしょ。農業が再興するいい循環にできたらいいと思っている。農作物に関わらず、地域で生産された商品なんかも販売できれば皆さんの想いを集約できるし、広く知っていただける。そんな場所にしたいと思ってる。

建野さん笑顔

—とても素敵な構想ですね! 町外からもたくさんの人が来てくれるでしょうね。

建野さん:せっかく海が近いのに、海のものが食べられないのはもったいない。すごく立派なヒラメが釣れるのに。そういうこの地域ならではのものが並んでる場所があれば、町に人が遊びに来て、活気が戻ってくる要因になると思うんよね。

あとは、モール内に貸店舗も作る予定。大体お店を始める人って居抜き物件を探すんだけど、富岡町は解体したところがほとんどだから、一から建てるしかない。めちゃくちゃお金がかかるから、諦めてる人も多いと思う。

震災が起こって、今までやっていた商売が一瞬にして続けられなくなった。あれから10年以上経って、また富岡で商売をやって町の発展に貢献したいと思ってる人もいるはず。物件がないということが、一歩踏み出す障壁になってるんだったら、建てるのは僕らがやろうと。自社で運営する店舗だけではなく、地元の方や町の発展を願っている方と共に創るモールにしたいなと。この町の未来はみんなで創る。このモールは、僕の中では宮田運輸だけの事業ではない“みんなの事業”と思ってるんですよ。

—ハコモノを建てるだけじゃなくて、みんなで一緒になって何かをするということが大切ですよね。

建野さん:“みんなで集まって何かをした”という価値の方が、今のこの町には大事。お金があったら店は建つからね。そやけど、こういうのって心がないとできひんから。みんないろんな形あるものを失ったけど、やっぱり心の繋がりが大事やなと思っただろうし。そばに誰かがいてくれる心強さを感じたりとか。町の人たちの思いを発揮できるし、絶対に将来のためになると僕らは思っていて。そういうきっかけづくりというか、場作りがしたいんですよね。

未来のために動いている人がたくさんいる奇跡のような町

建野さん笑顔2

—2019年から富岡町に関わり、2022年から本格的に町内で暮らしていらっしゃるとのことですが、実際に暮らしてみて富岡町の印象はいかがですか?

建野さん:暮らすようになってからまだそんなに経っていませんが、ずっと好印象なんですよね。まず、最初に会いに来てくれた役場の人たちの情熱や、真っ直ぐな思いがすごく好きだなぁと思ったんですよ。

それから、町民の人たちと話をすると「未来」という言葉がよく出てくるんですよね。ほかの地域では「未来のために」なんて会話はあまり多くないですよね。未来のためにとか、誰かのためにって動いている人がたくさんいる。もう、奇跡みたいな地域やなと思います。

この地域は世界的にみても非常にまれで、苦しい状況にあって、周りから見ればどん底のように映るかもしれない。でも、もう一度ここから這い上がるんだという強い気持ちがある。どこを探してもない、最高の町にしていくという思いがある。これから僕らみんなで作っていくこの町が、幸せな人生を送れる“世界のモデル”になる日が、きっと来ると思っています。そして、僕たちのこの想いや行いが、この地域の未来に生きる子どもたちが幸せに暮らすための礎になることを願っています。

写真:及川裕喜
文:地域おこし協力隊 遠藤真耶


建野成恒(たての なりつね)さん

2022年3月から富岡町在住。その明るい笑顔とポジティブなオーラで「建野さんと話すと元気がもらえる」という町民の声も。町内のお祭りには宮田運輸で屋台を出し、建野さん自ら大阪名物たこ焼きを作って販売。本場の味が好評を博している。

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