REPORT&MESSAGE

あなたへ、地元のみんなから

いわき・双葉の子育て応援コミュニティ cotohana 鈴木 みなみ さん

子どものいる風景を取り戻したい

私と東日本大震災

私は山形県の山間の地域で育ちました。高校卒業後、山形県米沢市内の短期大学に進学し、東日本大震災が起きた時は、短大の卒業を間近に控えているときでしたね。米沢市は福島県と接していることもあり避難所も開設されていたので、短大でボランティアを一緒にしていた仲間たちと避難所を周りました。ただ、この時はあまりにも混沌とした状況に「お手伝いしたい」と言い出せず、その場をあとにすることしかできませんでした。避難されている方がどういう気持ち、思いでここに来ているのかわからず「私がかける言葉で傷付けてしまわないだろうか」という気持ちでした。

でも“何かしたい”という思いはあったので、市内で募金活動を行いましたね。ただ、私自身、学びたいことがあり、4月から関西の大学に進学することが決まっていたので、その活動も3月中に終えました。やるせなさや不甲斐なさを感じながら、後ろ髪を引かれる思いで山形をあとにしたことを憶えています。

復興支援そして福島との関わり

入学した大学では「復興支援室」といった部署が学内に立ち上がり、ボランティアバスを運営したり、シンポジウムをしたり、いろいろなことをやっていましたね。やっぱり関西の大学なので、阪神淡路大震災の経験があって、そのような活動に積極的だったと思います。それもあってボランティアで岩手県と宮城県に行く機会は多かったです。ただ、福島県には来ることができませんでしたね。放射線の影響など、まだはっきりしないことも多かったですから、大学としても福島県に学生を送るのは難しさもあったと思います。そうやって岩手・宮城とだけ関わる中で「福島には行かなくていいのかな」という思いはありました。その気持ちに蓋をしているのも、自分の中で許せないなって。

それで2013年に学生有志で「そよ風届け隊」という復興支援団体を作って、福島に来るようになりました。実際に足を運んでみて、直接お話を伺う中で、いろいろ外からではわからないようなことも聞くことができましたね。それで、やっぱりそれぞれが置かれた状況で様々な意見があるし、いま福島で起きていることをもっと深く知りたいと思うようになったんですね。

そして2013年の8月から1年間大学を休学して、いわき市に住みながら、市内で活動していたNPO団体のお手伝いをしました。2014年の8月に復学してからは、無我夢中で単位を取得しましたね。そして大学4年の時は、また、いわき市で生活をしつつ、どうしても出なきゃいけない授業の時は関西に戻るという2拠点生活でした。

いわき市で活動を続ける中、7月に「双葉郡未来会議」が立ち上がったんです。双葉郡未来会議は、双葉郡8町村の住民同士がつながって、情報や問題を共有し、交流をする場です。そこから「事務局スタッフとして働いてみない」と声をかけてもらったのが、双葉郡や富岡町と本格的に関わるようになったきっかけですね。

長女の出産と富岡町への移住

大学卒業後、約3年間、双葉郡未来会議の事務局で働くことになるのですが、その間、長女の出産を経験しています。子どもが産まれたことで「自分も福島で暮らす1人の人間になった」と思うようになりましたね。それまではやっぱり“よそ者”というか、まったくネガティブな感情ではないですが、どちらかと言えば福島の人たちを応援しているような感覚でしたが、これからは“当事者”として福島に、双葉郡に関わるようになるんだなと思いました。

2019年の5月から「とみおかプラス」で働くようになり、8月には富岡町で生活するようになったのですが、これは色々な縁やタイミングが重なりました。双葉郡未来会議で働いているときから、富岡町の人と多く関わりがあって、いつか富岡に住みたい、富岡で仕事がしたいという気持ちが強くありました。そんな中で「とみおかプラス」の方に声をかけてもらい、あと、ちょうど4月から富岡町のこども園が再開したことで、富岡で生活することが考えられるようになりました。実際に引っ越すことになってからも、知り合いの方に住むところを紹介していただいたり。本当に周りの方に助けてもらっています。

“寄り添い”から“一緒に楽しむ”へ

私が共同代表を務める「cotohana(コトハナ)」は2019年の2月に設立したことになっていますが、その前身となる活動がありました。2017年から双葉郡未来会議の中で、子育て世帯向けのサロンを開催したり、ヒアリングをしたりということをしていました。当時はいわき市で活動していたので、どちらかというと慣れない土地で子育てをしている双葉郡の方を支えたいといった気持ちでしたね。2019年にcotohanaと名前をつけて双葉郡で活動を始めた時は、双葉郡で子育てをする方に様々な情報を提供しながら“一緒に子育てを楽しみましょう”といったメッセージを発信しました。

私自身、子育て真っ只中ですし、双葉郡での子育てを「つらいです」と言っているよりは「まぁ、大変だけど、面白いよ」って言える方がいいですよね。子どもが育つ環境としては、資源やサービスが足りない所もあると思うけど、周りの人たちと支え合いながら楽しく乗り越えていけそうだなって。そういった子育てを応援し合えるコミュニティ作りを大切にしています。

双葉郡での子育て応援団

cotohanaの具体的な活動を挙げていくと、まずは【ままカフェ】と【冒険ひろば】ですね。ままカフェは、子育てに関する情報交換や仲間づくりができるサロン事業。冒険ひろばは、遊び場を作る取り組みですが、子ども自身に遊ぶ力を身につけてもらって、町に子どもが遊ぶ風景を取り戻したいという思いもあります。あとは情報発信事業としてフリーペーパ【コトハナ】の発行と【WEBマガジン】の運営をしています。子育てに関する双葉郡の情報を発信したり、実際に子育てをしている方にインタビューしてみたり。cotohanaのスタッフも子育てをしているので、自分たちの目線で知りたいことや興味があることを掲載しています。ままカフェや冒険ひろばの参加者から聞いた話をもとに、企画を決めることも多いですね。この4つは、どちらかと言えば、いま子育てをしている方に向けてのものです。

これに加えて、地域と子どもの関わりを促す取り組みとして【とみおかこども食堂】を運営しています。富岡町に暮らす子どもとその家族、子育て世帯を応援したい地域の人が集って、料理を作ってみんなで食べる、そんな多世代交流の場です。そして「ふくしまこども食堂ネットワーク」から委託を受けて、地域に輪を広げていく【コーディネーター事業】もしています。とみおかこども食堂のような、子どもの居場所作りをしたい方って、地域にいっぱいいるんです。そういった方たちを応援したり、運営のノウハウを教えたり、広くサポートする活動です。それで双葉郡内にもどんどんそういった場所が立ち上がっているんですよ。私としても、そういった場が双葉郡に増えていくことは嬉しいですし、各々の地域に子どもを支えたい人がいっぱいいることが素敵だと思います。

子どものいる風景を取り戻したい

cotohanaの活動は、どれも思い入れがあるものばかりなのですが、その中でも楽しみにしているのが【ふたばで七五三お祝いプラン】ですね。七五三って自分の住んでいる地域の神社に出向いて“これからも元気に育てますように”ってお祈りするものじゃないですか。ただ、この富岡町では原発事故があってそういった慣習が途切れてしまったんですよね。富岡に住んでいる方は、いわき市まで行ってお祈りしていた方もいたようです。子どもの大事なライフイベントをこの土地で出来ないのって寂しいなと思っていたのですが、2020年に町内にある諏訪神社で神事が再開されるようになりました。ただ町にはまだ環境が整っていなくて…。それだったら、ここで七五三できない理由を私たちが解決しようと思って始めた事業なんです。着付けの方を呼んできて、スタイリストとカメラマンも呼んで、全部フルパッケージにしました。

この事業で一番印象的なのが、子どもの家族と同じように地域の方が喜んでくれたことですね。一時的であれ、晴れ着姿の子どもを見かける機会が消えてしまった場所に、そういった光景が戻ってきたことが嬉しかったのだと思います。この活動が、cotohanaが大切にしていることを地域に方により共感していただくターニングポイントだったような気がします。また私自身も“地域の中に子どものいる風景をもっと取り戻していきたい”という思いを再確認できましたね。

支え合って暮らしていく

小さい子どもを連れての富岡移住でしたが、ありがたいことに、これまで生活していて「孤独だな」と感じたことはありません。いつも周りには「困っていたらなんでも声かけてよ」と言ってくれる人がいましたし、いまでも助け合える仲間がたくさんいます。職業柄、土日も仕事のことが多いのですが、そんな時も気兼ねなく子どもを預けられる関係性です。

私が幼少期を過ごしたのは山形の田舎町だったので、横の繋がりが強い場所でした。やっぱりそういう共助の気持ちがないと、うまく地域が回らないというか。そういうコミュニティって何かあったときに強いなって思います。“助け合うのが当たり前”という感覚ですかね。富岡町は震災・原発事故があって一度そういった関係が弱くなってしまったかもしれませんが、また少しずつ繋がりが強くなってきていると感じます。私の体験で言えば、子育てしている人たちは“お互い様だから”っていう感覚でいてくれますし、年代が上の人たちからは「自分も避難した時に優しくしてもらった経験があるから、わざわざ富岡町を選んで来てくれた人は支えてあげたい」と言ってもらいました。

私は、人とつながりながら、地域で子育てや生活をするのが面白いと思っているので、そんな風に、暮らしを楽しめるコミュニティが富岡町の中に広がっていったら嬉しいです。そしてそのつながりの中で、それぞれの富岡町・双葉郡での楽しみを見つけて欲しいです。それは私自身の思いでもありますし、cotohanaが目指しているものでもあります。

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